2013年12月21日土曜日

31歳にして自らの死に直面する、『ぼくを葬(おく)る』(2005年)。

フランソワ・オゾンの作品ってどうなんでしょうか。個人的には好きなようで、それでいて、イマイチ胸に残らない映画が多いなぁ・・・なんて思っています。すみません、個人的な趣味です。






さて、『ぼくを葬(おく)る』。いかにもフランス映画らしい、そして、フランソワ・オゾンの作品らしい世界観です。


31歳のカメラマン、ロマンは、ある日突然、あと3カ月の命だと宣告される。彼はこの悲劇にどう対処し、何に生の意味を見出していくのか。「まぼろし」で最愛の人の死を描いたフランソワ・オゾン監督の<死についての3部作>の第2章。主演は「ル・ディヴォース/パリに恋して」のメルヴィル・プポー。「ミュンヘン」のバレリア・ブルーニ・テデスキ、「死刑台のエレベーター」「突然炎のごとく」の大女優ジャンヌ・モローが共演。
監督・脚本 フランソワ・オゾン
原題 Le Temps Qui Reste
製作年 2005年
製作国 フランス
キャスト メルビル・プポー、ジャンヌ・モロー、バレリア・ブルーニ・テデスキ 


31歳にして余命3ヶ月を宣告される主人公。


31歳ってどんな年齢でしょう。わたしはまだ独身でした。主人と出会い、付き合いはじめました。正社員で働いていた会社を退職しました。そんな風にして1年を過ごしました。

でも、まだ一応、未来はあると信じていた年齢でした。その歳に余命3ヶ月。癌です。


物語り時代は淡々と進みます。主人公は時に感情を発露させながらも、淡々と死に向き合います。そして、身近な人一人ひとりに自分なりの別れを告げていきます。そして、過去の自分を何度も何度も思い出します。

もうね、家族の写真を撮らないことを宣言していた主人公が姉とその子供の写真を撮るシーンで涙腺が崩壊。

でもね、でもね、全体的なイメージとして淡々と死に向かう主人公の姿が描かれています。そして、一方で生とも向き合います。輪廻転生とは異なりますが、別の形での魂の死と再生を感じました。

主人公は死ぬ。間違いなく死にます。現代的な治療を拒否し、ドラッグと酒で痛みをまぎらわし、緩慢に死へ向かいます。病と戦うこともなく、病に絶望することもなく、ただ淡々と。それが妙にリアルで切ない映画でした。わたしもこんな風に、リアルに死に向き合い、死にたいと思いました。

最後の浜辺のシーン。

諦めとも悟りとも違う、静かに死を受け入れた主人公の姿に涙が毀れました。美しい最後でした。エンドロールに流れる波の音と共に涙が頬を伝いました。


また、祖母(ジャンヌ・モロー!!!)との会話にフランスっぽいドライさと粋を感じました。

「何故、わたしに言ったの?」
「僕に似ているから。もうすぐ死ぬ」

フランスの女優はカトリーヌ・ド・ヌーブやイザベル・アジャーニのように年齢に抗うか、もしくはブリジット・バルドーやジャンヌ・モローのように自然と老化を重ねる人の2パターンに別れますね。それぞれがそれぞれの形としてステキです。久方ぶりに観るジャンヌ・モローは若き頃と比べても艶を放っておりました。

冒頭のシーンにしか登場しないのにさすがの貫禄です。


また、個人的な話になりますが、主人公のロマンを演じたメルビル・プポーは割りとわたし好みですなぁ笑。また、彼の恋人役サシャは古典的なギリシャの美少年といった趣でこの二人のセックスシーンは美しかったです。



泣ける度
 70%。
 ただ淡々と死に向き合う、その勇気。




それにしても色々と驚かされます。

父親の車に乗って、コカインを買いにいく主人公。一見さんに尽きない男に「セックスして。子種をちょうだい」と言う女性。それがフランスの文化なのでしょうか。それともわたしが歳を取って驚くようになったのかしら・・・。




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